ミニマリストではあるけど、無駄なこだわりは捨てたい。

こんにちは。

れふま(@0fuma)です。

ブログを書いていて最近思うことがあったので、考えをまとめることにしました。

「ミニマリスト」というものにこだわりすぎているのではないか

「自分はミニマリスト」ということにこだわりすぎて、

ミニマリストはこうあるべきだ

ミニマリストならこれはいらないだろう

という無駄なこだわりができてしまっていたように思います。

みんながみんなMacbookを持ってiPhoneを使って要らない物を捨てて…

とやることが全て正しいわけではないし、

極論を言えばミニマリストの最終形は何も持たないことになって…

そうなれば個性ってどこにあるんやろかと思ってしまいます。

~しなければ

~であるべき

それこそ人生に不要な、捨てるべきものだと僕は思います。

例えば僕は、

ミニマリストはノートパソコンだ

という思い込みがあってデスクトップパソコンを使っていませんでしたが、

久々に使ってみるとノートパソコンより画面も大きいし使いやすいんですよ。

ノートパソコンの小さい画面で無理矢理ブログを書いていたのは、これこそ無駄な思い込みだったと反省しながら、この記事を書いています。

ミニマルを目指していることで「失敗」ができなくなる

節約とミニマリストというものをテーマにブログを書いていますが、

ミニマリストって無駄な物を持たない、無駄を省いていく生き方。

そうなったら一つ一つの買い物も失敗できない

だって買って失敗した物は無駄だから

そうなればどうなるか

ネットで「◯◯おすすめ」とかで検索して出てきた物を買う

ミニマリストのブロガーさんが買った物と同じものを買う

そりゃあ失敗はしなくなると思う

でも個性がなくなっていくんじゃないかな

と最近感じるようになりました。

無駄を省いて人生を最適化する

それがミニマリストの本質だと僕は考えています。

でもそれは最初から失敗せずにできることではなくて、

失敗して学んでいく必要があるんじゃないかなと思います。

このブログも無駄なことを書かずに有益な情報だけを書こうとして肩に力が入りすぎて更新速度が遅くなってしまっています

ミニマリストって言い換えたら完璧主義です、無駄なもののない完璧な状態を目指しているのですから

でも最初から完璧なんてできないんですよね

ミニマリストを追い求めすぎて余裕まで捨ててしまっていた

ミニマリストになろうとして、結果だけを追いかけてしまった。

その間の過程が無かったら、結果だけ出ても所詮は偽物のミニマリストでしかないんです。

物を減らす

物を捨てる

それは表面的な結果でしかなくて、

何も考えず闇雲に物を捨てても意味はありません。

 

僕はミニマリストを目指していく過程でいろんな物を捨ててきて、味気のない人生だなと思うことがありました。

例えば、スマホのアプリを断捨離して必要なアプリだけを残してアンインストールしたことがあったのですが、

英語の勉強のためにTOEICのアプリだけを入れて、他のアプリを消したら集中できるだろう、

そういう考えで僕は考えてアプリを消しましたが、

結果は何もなさ過ぎて逆に何もできなくなりました。

英語のアプリはあるので、それをやればよいのは分かっていますが、

できないんですよね。

また自分の部屋も、

一度全ての物を無くして床だけの状態にして生活していましたが、

何か落ち着かない

何か足りていない

そんな感覚になりました。

僕には多少の遊びがないとダメなんだなと、そのとき思いました。

まとめ:「ミニマリストである」というこだわりを捨てる

ミニマリストは、完璧主義と非常に似ています。

そして、僕は完璧主義であるが故に失敗を恐れて行動できていません。

ミニマリストはこうあるべきだ

ミニマリストは○○は持たないから捨てなければ

そういうこだわりを捨てていきたいと思っています。

ミニマリストとは手段でしかなくて、本当の目的は自分の人生を楽しむこと。

これって僕も含めて多くの人が間違っていることなんじゃないかな。

それが今の僕が出した結論です。